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お彼岸の中日&おはぎ
今日は秋分の日、そしてお彼岸です。
ご先祖さまに感謝をお伝えすると同時に、自分自身の心を整える節目でもあります。
お彼岸といえば「おはぎ」。
実はこのおはぎ、五行に分けるとそれぞれ違った運気を宿しています。
🌰あんこ=土金水 → 安定運
🌾きなこ=土金 → 安定運+軽快さ
⚫ごま=火土金水 → 冷静さ・判断力・決断力
🌿ずんだ=木土金 → 新しいスタート運
ご先祖さまにお供えしてから、自分でもひと口いただくことで、自然と運気をいただけるんですね。
今日は少し手を止めて、秋の空を眺めながら、心と運気を整える時間を過ごしてみませんか。
食べながら、季節の流れに寄り添いながら、また明日からの力をいただけますように🍂✨
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白露に入りました
夏休みに続き一週間、お店のブログはお休みしてしまいました。
少しのんびりしている間に、季節は着実に歩みを進めています。
二十四節気は「白露」に入り、七十二候もふたつ進んで、今は「草の露白し」の頃。
朝晩の草の上に光る露に、秋の気配を感じますね。
そして、9月といえば「月」。
今夜は満月。先日の夜の配信でもお話ししましたが、中秋の名月は今年は10月にやってきます。
そのあたりのお話にご興味があれば、ぜひ配信をチェックしてみてください。
まだ夏の名残の暑さが体にこたえますが、それでも季節は確実に進んでいます。
涼しい風、虫の声、早まった日の入り…。
小さな変化を一つひとつ見つけることで、毎日の暮らしにささやかな彩りが加わります。
※音声配信と併せてインスタグラムでもフォロワー大歓迎中です
薬膳と四季
先週の土曜日は、暦の節目でした。
二十四節気では「処暑」、七十二候では「わたのはなしべひらく」に入ります。
日本の四季は、風景や文化だけでなく、農業や漁業、そして日々の暮らしの知恵までも暦をベースに成り立ってきました。
中医学を原点とする「薬膳」もまた、四季の移り変わりと体の整え方を重ね合わせた考え方です。
季節ごとの食材をいただき、その季節に出やすい不調をケアする。
まさに暦と深くつながった食事法と言えるでしょう。
今「薬膳」はちょっとしたブーム。書店に行けば、季節ごとの養生法やレシピを紹介した本が並んでいます。
ところが近年の気候は、ただ「暦と少しずれている」というレベルを超えてしまいました。
春夏秋冬のリズムが乱れ、時には季節そのものが飛んでしまったように感じることさえあります。
薬膳の基本は「四季に合わせた食事」です。けれども季節が乱れれば、その前提が揺らいでしまいます。
実際、野菜や果物も、海の魚も、かつての「旬」に合わせて収穫できなくなりつつあるのが現実です。
たとえば梅雨。少し肌寒く湿気の多い時季――そんな印象を、若い世代はもはや持っていないかもしれません
。「梅雨? ゴールデンウィークが終わったら夏じゃない?」という声を聞いたことがあります。
強烈な日差しやゲリラ豪雨、それが今の梅雨のイメージになってしまっているのです。
季節の乱れはまだまだ続くかもしれません。
だからこそ、従来の「四季をベースにした薬膳」に加えて、今の気候に合わせた新しい薬膳の形も考えていく必要があるのかなと。
何となく思ってしまいました。
霧と霞と靄について
七十二候では、先日から「深き霧まとう」に入りました。
朝晩の空気がひんやりしてきて、昼との気温差によって、水分が白いベールのように姿を現す――そんな情景を表しています。
似たような言葉に霧(きり)霞(かすみ)靄(もや)の三つあります。
気象の世界では、視界の距離で「霧」と「靄」を区別するそうですが、季節の言葉としてはもう少し趣があります。
たとえば、霞(かすみ)は春、霧(きり)は秋をあらわす言葉。似た現象でも、時季によって言い分けられているのです。
さらに面白いのは表現の違い。霧や靄は「かかる」と言い、霞は「たなびく」と言います。
同じように視界をおおうものでも、状況や季節によって言葉が変わる――ここに日本語の奥深さを感じます。
実際には、まだ朝晩の空気が冷えるのは少し先になりそうですが、暦の言葉を知ることで、これから訪れる季節をひと足早く味わうことができます。
暦はまさに、日本の四季を感じさせてくれる言葉の宝庫ですね。
暦から毎日の開運メニューをお伝えしている「毎朝3分開運ごはん」
蝉の声を聞く
今日は山の日、祝日。
お休みの方、お仕事の方、あいにくのお天気ですね。
七十二候では、ちょうど「ヒグラシ鳴く」の頃。
とはいえ、実際にヒグラシの声を聞くのはもう少し先になりそうです。
それにしても、今年は蝉の声がほとんど聞こえてきません。
アブラゼミ、ミンミンゼミ、クマゼミ、ツクツクボウシ、そしてヒグラシ。
真夏になると降りそそぐように響く蝉しぐれが、暑さをさらに際立たせていたあの光景──。
そうした日常があまり見られなくなって、どのくらい経つでしょうか。
ここ数年、「蝉が減った」と感じる人が増えたようです。
もちろん、正確に数を数えたわけではありませんが、都心でも以前はちょっとした木立や庭先で夏の蝉の大合唱を耳にしたものです。
何年も地中で耐え抜き、ようやく地上に出てくる蝉たち。
近年の異常な暑さや不安定な雨は、彼らの成長や羽化のタイミングに影響しているのかもしれません。
あまりの暑さに、昼間鳴くこともできず、どこかでじっとしているのでしょうか。
ミンミンゼミからツクツクボウシへ、そして最後にヒグラシへ──。
その声の移り変わりを耳にしながら「夏が終わるんだな」と感じた、あの頃が懐かしくてたまりません。
今でも山や高原、大きな公園に足を運べば、変わらぬ蝉時雨に出会えるのでしょうか。
今年は少し探しに行ってみたくなります。